味噌ぱんにまつわるお話し
関口屋菓子舗さまの『味噌ぱん』は、『ぱん』といってもふわふわした食感ではありません。シッカリした噛み応えがありながら、しっとり口の中で溶けていく絶妙なバランスがあり、噛めば噛むほど美味しさと優しい甘味が口いっぱいに広がります。タップリ散りばめられた黒胡麻の香ばしさ、ほんのり感じる味噌の風味がたまりません。
盛岡タイムス連載コラムに、関口屋菓子舗さまの味噌ぱんにまつわる個人的なエピソードをこんな始まりで書きはじめました。昔から食べなれた味で、以前は好きでもなければ嫌いでも無い普通の盛岡駄菓子でした。
3年前に首の手術を東京の大学病院で行いました。手術後に食べて最初に美味しいと感じたのが味噌ぱんでした。
☝噛めば噛むほど美味しさがにじみ出てきます。
東京での手術を前に…
6年くらい前玉突き衝突に巻き込まれ、念のためCTを取ったところ、首の靭帯が骨になる原因不明の難病があると告げられました。暫く経過観察を行っていたのですが、少しずつ指先の痺れや握力の低下が始まり徐々に悪化してゆきます。神経が圧迫しているので尿意を感じる事も薄れてきました。手に持っているカバンがストンと床に落ちたことで真剣に病と向き合う事にしました。
たまたま妻の母親が名医と言われる先生の診察を受けており、その先生に診てもらった結果手術する事にしました。深刻な手術ではありませんが、稀に手術後に大きな障害が出て、味覚がなくなったり、日常生活に支障を来すと言われ、日に日に不安が大きくなってゆきます。
東京へ向かう日、少し早めに盛岡駅に向かい、味覚がなくなるなら好きな物をいっぱい食べて行こうと決め、駅地下にある清次郎という高級回転寿司を食べました。改札へ向かう途中、売店で味噌ぱんが目にとまり、何となく買って東京へと向かいました。
☝10枚入りで432円はとてもお得です
研ぎ澄まされた味覚
国際医療福祉大学三田病院はとても綺麗で居心地の良い病院です。半個室的な4人部屋を予約していたのですが、満室のため同じ料金のままトイレとシャワーが着いた個室に入ることができました。手術は3日後、食事は提供された病院食だけを食べていました。『味覚が無くなるかも…』という不安が一番僕にとって重大な問題で、何を食べても美味しいとおもえません。
約4時間の手術を終え、目が覚めた時は夜だったと思います。麻酔の効果で痛みははじめ感じませんでした。徐々に麻酔がきれるにつれ痛みが大きくなってゆきます。手元に体に繋がれたモルヒネのボタンがあり、痛いときに押すと体に薬が送られ、目と鼻の間からふわ~と広がるように快感が訪れ痛みが治まります。その気持ちよさに、つい連打してしまい翌朝には取り上げられてしまいました。
翌朝朝食が出たのですが、仰向け状態で首にコルセットを巻いているので、口にご飯を入れるのが困難でひと口たべて辞めました。昼食も夕食も同じような感じで済ませ、翌朝嫁さんに味噌ぱんを小さくちぎってもらい、枕元において口の中にいれ、ゆっくり唾液で溶かすように食べました。薄味の病院食だけ食べていたので味覚は研ぎ澄まされています。ほぼ前日食事を抜いていた状態だったこともあり、僕が記憶している味噌ぱんの味は、何十倍にも大きく深いうま味を感じました。その時の美味しさは今でもしっかり覚えています。
約1月の入院生活を終え盛岡へ戻った日、出発前と同じように清次郎でお寿司を食べ、味噌ぱんを持って家に帰りました。
あれから3年、何か辛いことや頑張らなければ行けない時、清次郎のお寿司と関口屋さんの味噌ぱんは僕に元気と勇気を与えてくれます。
☝木目が美しく情緒あふれる佇まいの関口屋さんの本店です。
関口屋さま、味噌ぱんいつもお世話になっています。
ありがとうございます。
ごちそうさまでした!
また地震だ...嫌だ嫌だ
一昨日大きな地震が深夜にありました。揺れ方があの日とよく似ていて心臓がバクバクしました。岩手県は震度4~5でしたが、長い時間揺れていたので怖かったです。幸い自宅は棚から物が少し落ちただけです。福島と宮城はとても被害が大きかったようで心配です。伊達政宗の像が傾いたり、新幹線が脱線して暫く復旧の見込みが立たないとか、高速道路も大きな亀裂がはしっています。なんでまた3月に…。11年前は、何日か前に結構大きな地震があった後に発生しました。数日間は注意しなければなりません。11年経って体力も気力も低下しています。もう同じような事になったら、絶対立ち直れないです。神様に祈るしかありません。
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