🍵大福だんごお菓子な毎日🍵

町にある大福だんご店を応援!地方の素晴らしき餅だんごの世界をお楽しみください

玉桜堂さま・豆銀糖(まめぎんとう)

    にほんブログ村 スイーツブログ 和菓子へ  

きな粉好きなら是非オススメしたい逸品!

 盛岡三大銘菓の一つに数えられる豆銀糖。昨日はからめもちを紹介させて頂きました。からめもちは胡桃餅くるみゆべしなど色んな名前がついていますが、僕が知る限り豆銀糖には別な呼び名は無いようです。原材料は基本的にきな粉砂糖もち粉とシンプルな材料。嬉しいのは配合量の中できな粉ダントツに使用します。

きな粉の固まりと言って差支えが無いお菓子、ニクっとした食感は初めて食べる人にとってカルチャーショックを受けること間違いなし!口の中に広がるきな粉の風味はまるできな粉のプールに溺れるイメージなのです。

 玉桜堂さまの豆銀糖は、昔ながらの食感を守る伝統の味です。

 

 

f:id:daifuku-siwa-hanamaki:20210105093833j:plain

☝棒状のお菓子に線が入っています。ここで切ってくださいという目印なのです。

 

大正時代から数々の賞を受賞しています

 パッケージには大正11年と12年にに全国的な賞を受賞しています。大正12年の全国菓子飴大品評会(現:全国菓子大博覧会)は福岡県で開催されています。当時飛行機は勿論無い時代、船で行ったのでしょうか?機関車を乗り継いでいったのでしょうか?商品だけ出品したかもしれませんが、受賞を知らされた当時のご主人様の感激は想像を超えるものだと想像してしまいます。大正時代は西洋の文化が次々と入ってきた時代とききます、お菓子業界においても西洋菓子が一大ムーブメントをおこしていたに違いありません。そんな中、東北・盛岡の伝統菓子豆銀糖が一等賞を受賞するなんて大きな喜びであったに違いありませんね…。

 

f:id:daifuku-siwa-hanamaki:20210105093859j:plain

☝白を基調としたパッケージがとても素敵です。

 

仙北町の玉桜堂さん

 僕にとって玉桜堂さんは、仙北町のお菓子屋さんというイメージが今でも強いです。

盛岡市仙北町にて創業した玉桜堂さま、隣には寛文年間1660年創業の会社があり、300年以上お隣同士だったと聞きます。玉桜堂さんの創業が1885年、仙北町で350年以上…、創業前は何のお仕事をされていたのでしょうか?凄く興味があります。平成に入って道路拡幅工事に伴い移転を余儀なくされた玉桜堂さん。どんな気持ちだったか勝手に想像してはいけませんが、盛岡市の都市計画担当者さんは、歴史あるお店を計画だからといって移転させるのではなく、せめて創業当時と変わらない場所でお菓子作りが継続できることを考慮しなかったのだろうか?と考えてしまいます。最も玉桜堂様自身が望んで現在の地へ移動したのかもしれませんので一概に言えませんが...。せめてお店だけでも創業地所縁の地にあればと勝手ながら考えてしまいます。

f:id:daifuku-siwa-hanamaki:20210105093920j:plain

☝雰囲気を感じさせる朱色と白のパッケージです。

 

⇩1月6日午前6時45分紫波町片寄の気温は-16℃でした。この時期にしては寒すぎです。

f:id:daifuku-siwa-hanamaki:20210106071012j:plain

 

玉桜堂さま、豆銀糖&金山からめもちとても美味しかったです。

ごちそうさまでした!

 

玉桜堂菓子舗さま工場ご住所:盛岡市東安庭1丁目23-20

※工場にて購入できる店舗があるか未確認です。

いろんな和菓子のブログが楽しめます

👀のぞいてってください👀

⇩⇩⇩⇩⇩


和菓子ランキング

👀のぞいてってください👀

⇩⇩⇩⇩⇩

にほんブログ村 スイーツブログ 和菓子へ
にほんブログ村

  f:id:daifuku-siwa-hanamaki:20200528113714g:plain 

⇩『黒豆塩大福』岩手県産ヒメノモチを自社製粉!同じく岩手産黒ひら豆を使った塩豆大福です。冷凍でお届けし、室温2時間にて食べごろになります。

⇩『土用もち』ヒメノモチを自社製粉、ふわふわの生地に甘さ控えめのこし餡で包みました。自然解凍2時間で食べごろになります。

 

 

⇩待望の第3巻!『アンと愛情』何となくアルバイトとして入った和菓子店、四季を通じてお菓子のこと、同僚を通じて成長していくアンちゃん。全3巻は和菓子のバイブルと言える秀作です。さて、アンちゃんの恋の行方は如何に…?

前作『和菓子のアン』『アンと青春』 主人公アンちゃんの成長がワクワクします。

    

 

⇩⇩⭐⭐⭐⭐⭐⇩⇩